Oct. 1, 2025

金融政策関連データサイトの構築

中島上智(一橋大学経済研究所)

Building Japan’s Monetary Policy Database

Jouchi Nakajima (Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, Japan)

要旨Abstract

本コラムでは、著者が2024 年から立ち上げ、定期的にアップデートを行っている「日本の金融政策関連データサイト」の内容について、一般向けに分かりやすく解説する。

This essay briefly introduces “Japan’s Monetary Policy Database,” which the author built in 2024 and updates regularly.

本文Text

分析しようにもデータがない

 日本のマクロ経済関連の研究をしようとするとき、研究者がたびたびぶつかる壁として、データが十分に存在しないという問題がある。GDP やインフレ率といった、通常の変数のデータは他の先進国並みに利用可能になっているが、自然利子率やタームプレミアムといった、入手するには推計が必要な、マクロ経済学における「重要変数」のデータがない。こうしたデータがないと、実証研究はもちろんのこと、理論研究においてもデータを用いた事実を調べる時に、研究者が困ってしまうケースが多い。
 米国を対象としたデータであれば、日本研究の比でないくらい研究者の層が厚く、数多くの研究が行われていることから、そのうちの幾人かの研究者が、自分の推計結果を一般に使えるデータとして自分のホームページなどで公開している。他の研究者はそのデータをありがたく拝借して研究活動を行い、フロンティアが広がるという波及がある。
 筆者の専門である金融政策の分析ではこうした傾向が顕著であり、日本の重要変数のデータがないことが、日本の金融政策研究の足かせの一部になっている可能性もあると感じていた。たまたまではあるが、筆者はそれまでインフレ予想、自然利子率、タームプレミアムといったマクロ経済分析で重要な変数の日本における推計について研究を行ってきた経緯があった。そこから得られた多少の知見を社会に役立つものとして活かせないか、また、研究の障壁を少しでもなくすために自分にできることはないか、と考えたのが「金融政策データベース」の構築に向けた一連のプロジェクトの発端であった。

推計データを公開して、アップデートしよう

 筆者は、日本学術振興会の科学研究費助成金を申請し、上で説明したような推計データの作成と、公開を行うことにした。まず、マクロ経済学、とくに金融政策関連の研究に必要ではあるが、日本のデータとして推計されたことのないものや一般に公開されていないものを洗い出した。その中で、自分が推計したことのあるものやこれまでの知見から推計可能なものを選び、研究を行った。こうした計量分析を伴う研究は、ただ推計すればよいものでもなく、推計する計量モデルが妥当であるか、推計された系列にはどのような性質があるか、推計された系列を用いてどのような分析が可能か、といったことを入念に調べる必要がある。公開したときに誰もが安心して使えるように、ということを意識しながら分析することが肝要である。
 具体的に、この一連のプロジェクトのために2022~2024 年度の3年間で研究を行い、公開にこぎつけたトピックは以下の6つである。


(1)  トレンドインフレ率:大きく振れやすいインフレ率について、そのトレンドはどのあたりにあるのか、といったことを把握するために有用な「トレンドインフレ率」を推計した。詳細は、Nakajima (2023) にまとめられている。
(2)  自然利子率:自然利子率は、マクロ経済理論の根幹にある重要変数の一つとして、経済の「真の体力」を表す指標であり、その推計には様々な方法が提案されている。日本の自然利子率を推計するうえで有効とされている、Imakubo et al. (2018) の方法および、その拡張版を分析した。詳細は、Nakajima et al. (2023) にまとめられている。
(3)  企業のインフレ予想:企業のインフレ予想は、現在のインフレの性質や先行きの動きを探るうえで重要な変数であるが、その長期時系列データは存在していなかった。そこで、日本銀行が企業に対して行っているサーベイ調査である「短観」のデータを用いて、インフレ予想の長期時系列データを推計した。詳細は、中島(2025) にまとめられている。
(4)  マクロ経済不確実性指数:経済の不確実性は、企業の行動や経済全体の先行きを探るうえで重要な変数であり、Shinohara et al. (2020) によって、日本の「マクロ経済不確実性指数」が提案された。Nakajima (2025b) はそれに若干の修正を加え、どのような性質を有しているかを分析した。
(5)  日本国債の個別銘柄別流通残高日本国債について、各個別銘柄がどの程度、市場に残存しているかという情報は、金利形成や国債政策の運用において、重要である。近年、日本銀行が金融政策の一部として大規模な購入を行ったこととの関連も深い。そこで、Nakajima (2024) は個別銘柄の残額データを作成し、金利形成との関係を分析した。
(6)  シャドーレートとタームプレミアム:日本は長らく短期金利がゼロやマイナスになっており(いわゆる名目短期金利の下限抵触)、そうした場合も分析に用いることのできる変数として「シャドーレート」が提案されている。Ichiue and Ueno (2013) が提案した金利モデルを用いて、日本のシャドーレートを直近まで推計し、タームプレミアムの推計値などと合わせて分析を行った。詳細は、Nakajima (2025a) にまとめられている。


 以上のデータを筆者のウェブサイトで公開したうえで、これらを見やすく、分かりやすく一覧性のあるサイトとして、「金融政策関連データベース」というサイトを立ち上げた(https://sites.google.com/view/jpmpdata/homej)。日本語と英語のページがあり、用途に合わせて、すぐにデータをダウンロードするためのページに飛べるようになっている。このデータベースは、筆者により約3か月(1四半期)おきにアップデートされる。すなわち、このデータベースを訪ねれば、常に最新の推計値で手に入るわけである。アップデートはそれなりの苦労が伴うわけだが、常にフレッシュなデータが手に入ることは、分析者や政策当局スタッフにとって、経済の現状を知るうえでも、分析を行ううえでも、非常に重要なことであるため、筆者はこのデータベースの安定的な維持を研究活動の一環として行っており、今後も続けていく予定である。また、他の研究者のデータへのリンクを新設するなど、データベースの拡充を行う予定である。

さらなる研究を見据えて

 今回立ち上げた金融政策関連データベースと同じように、他の分野でもこうした研究成果としてのデータ公開が日本で進むことが、日本研究のすそ野を広げるうえで望ましいと考えられる。日本学術振興会でも、科学研究費助成事業における研究データの管理・利活用の促進を行っている(いわゆる「データマネジメントプラン」)。一つの研究の成果がデータ公開によって他の新規の研究を促進し、さらにその研究がデータ公開を生むような研究につながる、といった相乗効果が期待できる。そうした好循環の中で、こうしたデータが活用されることにより、より良い社会を作るための経済分析や政策立案の質が向上することが、こうした研究活動の何よりもの社会貢献であると考えられる。

 

図 金融政策関連データサイト

 

参考文献
Ichiue, H., and Y. Ueno (2013) “Estimating term premia at the zero bound: An analysis of Japanese, US, andUK yields” Bank of Japan Working Paper Series, No. 13-E-8.
Imakubo, K., H. Kojima, and J. Nakajima (2018) “The natural yield curve: Its concept and measurement”Empirical Economics, 55, 551–572.
Nakajima, J. (2023) “Estimating trend inflation in a regime-switching Phillips curve” Discussion Paper SeriesA.750, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University.
Nakajima, J. (2024) “Central bank balance sheets and long-term interest rates: Revisiting Japan’s unconventionalmonetary policy experience” Discussion Paper Series A.758, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University.
Nakajima, J. (2025a) “Impact of US monetary policy spillovers and yield curve control policy” Discussion PaperSeries A.760, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University.
Nakajima, J. (2025b) “The impact of macroeconomic uncertainty on the relationship between financial volatilityand real economic activity” Applied Economics, in press.
Nakajima, J., N. Sudo, Y. Hogen, and Y. Takizuka (2023) “On the estimation of the natural yield curve” DiscussionPaper Series A.753, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University.
Shinohara, T., T. Okuda, and J. Nakajima (2020) “Characteristics of uncertainty indices in the macroeconomy”Working Paper Series No.20-E-6, Bank of Japan.
中島上智(2025) 「短観DI を用いた企業のインフレ予想の推計」『経済研究』近刊.

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書誌情報Bibliographic information

Article Number: er.cl.034825
DOI (Link to J-STAGE): https://doi.org/10.60328/keizaikenkyu.er.cl.034825