Sep. 6, 2024
女性外科医を増やすためには?―新医師臨床研修制度の導入が女性医師の診療科選択に与えた影響
How to Increase Women’s Representation in Surgery?: The Effects of Mandatory Residencies on Female Physicians’ Specialty Choices
要旨Abstract
本コラムでは、著者らが2024年に発表した学術論文 Tsunao Okumura, Yuko Ueno, and Emiko Usui. “Effects of Mandatory Residencies on Female Physicians’ Specialty Choices: Evidence from Japan’s New Medical Residency Program,” Labour Economics, (2024 年 5月)の内容を一般向けにわかりやすく解説する。
This essay provides a brief introduction to the article, “Effects of Mandatory Residencies on Female Physicians’ Specialty Choices: Evidence from Japan’s New Medical Residency Program,” by Tsunao Okumura, Yuko Ueno, and Emiko Usui, published in the Labour Economics in May 2024.
本文Text
医師の女性比率の高まりと診療科選択にみられる性別差
日本では、45歳未満の医師に占める女性医師の割合が、1994年の13.8%から2016年には30.8%に大きく増加した。従来から、女性医師は男性医師とは異なる診療科を選ぶ傾向があり、男性医師の比率が高いのは外科、泌尿器科、整形外科などで、産婦人科、眼科、小児科などでは女性医師の比率が高くなっている。医師の診療科選択の違いは、初期臨床研修を修了した段階での初職時点における診療科の選択の違いを反映している。
男女医師間の診療科選択の違いが続くままで、今後さらに女性医師の割合が高まれば、従来から男性比率の高い診療科では、女性比率が高い診療科と比べて若手医師の入職が少なくなる傾向が予想されることから、将来的には、特定の診療科で医師が不足する可能性も考えられる。このような課題をもたらす可能性のある診療科選択には、どのような要因が影響を与えてきたのだろうか。
初期臨床研修制度の見直しは診療科選択に影響したのか
我々が2024 年に発表した論文「Effects of Mandatory Residencies on Female Physicians’ Specialty Choices: Evidence from Japan’s New Medical Residency Program」では、初期臨床研修と診療科選択の関係に焦点を当てている。研修医は、初期臨床研修が修了した後、初職となる診療科を選択する。初期臨床研修制度は、これまで何度か見直されてきているが、この論文では、2004 年に導入された「新医師臨床研修制度」が初職診療科選択に与えた影響を、特に外科を中心として検証した。新制度の導入以前の初期臨床研修は、単一診療科のみを研修するストレート方式だったが、2004年からの新制度による「スーパーローテート研修」では、初期研修医として外科や内科など7つの診療科での経験が必修となった。
我々は、2年ごとに実施されている厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師調査」の医師届出票の個票を用いて、医籍登録番号などの情報を活用することによって、医師が医籍登録して初期研修医となってからのキャリア経路を追跡できるデータを整備した。そして、このデータを用いて、「新医師臨床研修制度」が医師の初職診療科とその後のキャリア形成に与えた影響について、男女差に注目して分析した。
新制度導入を契機とした男女の診療科選択の変化
まず、「新医師臨床研修制度」導入前後の、初職診療科として医師が選ぶ診療科の割合を図で可視化する。下記の図では、横軸に医師が医籍登録した年度、縦軸に初職診療科として選んだ診療科の医師の割合を男女別に示している。縦点線の2004年が新制度導入のタイミングで、ここでの不連続性から制度による影響を読み取ることができる。具体的には、図より、(1)新制度導入以前から、初職診療科として外科を選ぶ女性医師の割合は増えていたことがわかる。しかし、新制度導入の2004 年に、この割合が不連続に上昇している。一方、初職診療科として外科を選ぶ男性医師の割合は徐々に減少しているが、新制度導入の2004年の際に不連続な変化はない。(2)泌尿器科についても、新制度導入以前から女性医師が初職診療科として選ぶ割合が増えていて、新制度導入の2004 年には不連続に増加している。一方、男性医師では、新制度導入以前から泌尿器科を初職診療科として選ぶ割合が減少しており、さらに2004年に不連続な減少がある。(3)女性医師が初職診療科として内科を選ぶ割合が2004年に不連続に減少する一方、男性医師では増加している。
女性医師の比率の高い診療科である眼科を初職診療科として選ぶ割合は、男女ともに減少しており、2004年の新制度導入時には、特に不連続な変化は見られなかった。しかし、東京都医師会は、2009 年に「研修先を自由に選択できるようになると、生命への影響が少ない皮膚科・眼科・精神科などを希望するようになった」と述べており、一方、2013年に当時の日本眼科学会理事長であった石橋氏がインタビューで「眼科医は少なくなっています。2004年の新臨床研修制度を境に減り、今はピーク時の半分以下にまで落ち込んでいるのです」と述べている。このように、新制度導入の影響の評価については医療界から多々発言があったが、今回の分析の結果、眼科を初職診療科として選択する医師は趨勢として減少しているものの、2004年の新制度導入によって大幅に減少したわけではないことが示された。
外科研修の必修化による経験を経て、女性医師は外科系診療科へ
次に、計量分析をした結果、「新医師臨床研修制度」の導入により、女性医師が初職診療科として外科を選択する割合は、男性医師と比べて2.7%ポイント増加した。また、外科系診療科である泌尿器科を初職診療科として選ぶ割合も、男性医師と比べて1.5%ポイント上昇した。一方、女性研修医が初職診療科として内科を選ぶ割合は3.4%ポイント減少した。
従来、医学部入学時から男性は外科を志望する傾向が強いことが指摘されてきたが、今回の研究結果から、2004年の研修制度改革で義務付けられた初期臨床研修での外科の経験が、女性研修医の外科医としてのキャリアへの期待を高めたことが示された。すなわち女性医師は、入学時点では男性医師の比率の高い外科などの診療科には関心を持っていなかったり、「男らしさ」を競う「マッチョ」な職場であろうとの思い等の理由で外科を志望していなかったが、新医師臨床研修制度による実際の外科での医療従事経験を通じて、外科系診療科を選ぶ可能性が高まることが示された。
ただし、「新医師臨床研修制度」導入後、女性医師が選択する割合が高くなったのは外科系の診療科のうち主に外科と泌尿器科に限定され、相対的に肉体・身体的要求が高いとされる整形外科などには進出していないこともわかった。
外科には、女性患者が多く、患者が同性の医師を好む傾向がある乳腺外科も含まれている。乳腺外科はまた、女性医師自身も高い関心を持つ医療領域である可能性がある。乳腺外科医の女性比率は2008 年の15.0%から2016年には28.6%に高まった。乳腺外科医になるためには、初職の診療科として外科を選び、専攻医(後期研修医)として数年の養成期間を経て、外科専門医という基本領域の専門医資格を取得し、さらに乳腺外科を専門とする必要がある。初職の段階で女性外科医が増えたことが、乳腺外科医が増えた要因になっている。
一方、泌尿器科は、患者の男性比率は比較的高いものの、週60時間以上働く医師の割合が他の外科系診療科よりも低い診療科であり、労働時間の相対的な短さが女性医師の増加に寄与していると考えられる。米国の研究(Goldin and Katz, 2011; Wasserman, 2023) でも、週の労働時間が短い外科系診療科では女性医師の割合が高いことが示されており、日本でも同様の傾向が確認できたと考えられる。
外科研修の必修化は、女性医師の外科系診療科への関心を高め、外科系診療科を選ぶ女性医師が増えた。それでも、2016年時点で外科医に占める女性比率は10%と低いままである。外科系診療科における長時間労働や専門医資格を取得する期間が長いなどの診療科の特性が、家庭での責任が大きい女性医師にとってはキャリアの障壁となっている。そのため、外科研修の義務化だけでは、すべての外科系診療科での男女格差を解消するには不十分であろう。
新制度は女性医師の長期的なキャリア形成にも貢献
最後に、「新医師臨床研修制度」が、初職以降のキャリアパスに与える影響を分析した。その結果、女性医師が初職診療科として外科または産婦人科を選んだ場合、サブスペシャルティ領域の専門医資格(基本領域の専門医となった後に目指す、より高度な分野の専門医資格)を取得する確率が上昇し、以前は大きかった男女差が縮小したことが分かった。つまり、この制度によって、女性医師の長期的なキャリアの進展が促された。
一方、女性医師が初職診療科として内科を選んだ場合は、同じ診療科で継続して働き続ける確率が男性医師に比べて3.2%ポイント増加し、基本領域専門医資格を取得する確率が3.7%ポイント、さらにサブスペシャルティ領域の専門医資格を取得する確率が4.3%ポイント高まった。新制度導入後、初職診療科として内科を選ぶ女性医師は減少する一方、内科を選んだ女性医師はその診療科に留まり、専門医資格を取得する可能性が高まったことがうかがえ、内科については、選択した診療科との適合性が向上し、専門医資格の取得につながりやすくなったことを示している。
おわりに
「新医師臨床研修制度」導入後、外科のうち、女性患者比率が高い乳腺外科や、労働時間が短い外科系診療科である泌尿器科において、女性医師の割合が増加した。こうした変化は、外科研修が必修となったことにより、女性医師に外科系診療科への関心を高めることになり、そうした傾向が、女性患者が多い乳腺外科や労働時間が短い泌尿器科への進出を顕著にした。その一方、整形外科など他の外科系診療科では変化がみられなかった。
こうした結果から外科研修を義務付けたことは、初職診療科の選択における性差の減少につながったと評価することができる。しかし、女性医師の増加は特定の外科系診療科にとどまっており、男女の診療科選択のバランスが、まだ十分に達成できたとはいえない。
The Lancet 誌の 2019 年特集号(Jagsi, et al., 2019; Liang et al., 2019) で指摘されたように、外科系診療科では女性医師が不利な状況に置かれる要因は多岐にわたる。女性医師の外科系への進出と定着をさらに促すには、外科系診療科にある長時間労働や緊急対応、根強く残るといわれる「男らしさ」を競う文化、それに加えて、我が国で顕著な家事・育児の分担の夫婦間の男女差といった問題に対してより一層対処する必要がある。こうした諸要因を徐々に解決していくことが、診療科選択における性差を解消することにつながると考えられる。
参考文献
Okumura, T., Ueno, Y., and Usui, E. (2024) “Effects of Mandatory Residencies on Female Physicians’ Specialty Choices: Evidence from Japan’s New Medical Residency Program,”Labour Economics, 90, 102566. https://doi. org/10.1016/j.labeco.2024.102566
Goldin, C. and Katz, L. F. (2011) “The Cost of Workplace Flexibility for High-Powered Professionals,”The Annals of the American Academy of Political and Social Science,638(1), 45–67. https://scholar.harvard.edu/sites/scholar.harvard.edu/files/goldin/files/the_cost_of_workplace_flexibility_for_high-powered_professionals.pdf
Jagsi, R., Padayachy, L., and Surender, R. (2019). “Preventing the Tower from Toppling for Women in Surgery,”The Lancet, 393(10171), 495–497. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(19)30246-6
Liang, R., Dornan, T., and Nestel, D. (2019) “Why do Women Leave Surgical Training? A Qualitative and Feminist Study,”The Lancet, 393(10171), 541–549. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(18)32612-6
Wasserman, M. (2023) “Hours Constraints, Occupational Choice, and Gender: Evidence from Medical Residents.”The Review of Economic Studies,90(3), 1535–1568. https://doi.org/10.1093/restud/rdac042
石橋達朗(2013)「眼科医は新研修制度で激減した―石橋達朗・日本眼科学会理事長に聞く◆Vol.1」山田留奈(m3.com編集部)によるインタビュー,m3.com,2013年2月12日(火). https://www.m3.com/news/open/iryoishin/166137
公益社団法人東京都医師会(2009) 『かかりつけ医機能ハンドブック2009』,1 章 地域ケアを支えるかかりつけ医機能,2.新医師臨床研修制度―旧制度から新制度へ. https://www.tokyo.med.or.jp/medical_welfare/handbook2009
書誌情報Bibliographic information
Article Number: er.cl.033724
DOI (Link to J-STAGE): https://doi.org/10.60328/keizaikenkyu.er.cl.033724