長時間残業の抑制に有効な企業マネジメントとは

Management Practices for Controlling Long Overtime Work

2023/09/29

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要旨

 本コラムでは、著者のJournal of Human Resources に掲載予定の学術論文、Tanaka, Mari, Taisuke Kameda, Takuma Kawamoto, Shigeru Sugihara, and Ryo Kambayashi. “Managing Long Working Hours: Evidence from a Management Survey” の内容を一般向けにわかりやすく解説する。

Abstract

 This essay briefly explains the findings of the upcoming journal article “Managing Long Working Hours: Evidence from a Management Survey.” It is written by Tanaka, Mari, Taisuke Kameda, Takuma Kawamoto, Shigeru Sugihara and Ryo Kambayashi, which will be published in the Journal of Human Resources.

本文

■背景:働きすぎは企業マネジメントの失敗が原因?

 長時間労働を是正することは、企業の労働者に対する責任であるだけでなく、企業の利にかなっているはずである。まず、長時間労働をしている労働者に健康被害や過労死が出た場合は、訴訟になり企業は責任を問われる可能性がある。さらに、長時間労働は生産性を悪化させる可能性が高い。個人の限界生産物は長時間働いた後は疲労により減少し、ゼロに近づく(つまり 1 時間追加で働いても何も生み出さない)ということが、いくつかの研究でも報告されている(Pencavel 2015など)。しかし、そのゼロに近いアウトプットに対して、会社は無駄に高い残業代を支払わなければならない。
 それでも働きすぎがなくならないのは、企業マネジメントの問題が一因ではないだろうか。例えば、個人間の作業の割り振りが適切でないことにより、特定の個人の元に作業が溜まり長時間残業の原因になっているケースなどが考えられる。また、作業計画の設計が悪く納期前に仕事が集中するなど、作業が日程間で平準化されていないことも長時間残業につながりうる。つまり、企業が適切な生産管理を行なっていないために長時間残業が生じるのではないか。長時間労働とマネジメントに関するこれまでの実証研究では、人事管理との関連のみが着目され、生産管理など企業全般的なマネジメントとの関連はデータの制約が大きく分析されてこなかった。本稿で紹介する研究では、マネジメントに関して新たに収集されたデータを用いて、長時間労働と生産管理及び人事管理との関係を実証的に分析した。

■方法:企業のマネジメント方式に関するデータ

 分析には、日本の製造業事業所を対象としたマネジメントに関するデータ(内閣府の「組織マネジメントに関する調査」)に、それらの事業所の従業員の残業時間のデータ(厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」)を接続したものを使用した。 「組織マネジメントに関する調査」は、スタンフォード大学の Nicholas Bloom 氏などの経済学者がアメリカ政府統計局と共同で始めたもので、近年では国際的なプロジェクトの一環として海外の様々な国で同様の調査が行われてきた。日本では 2017 年に内閣府社会経済総合研究所が一橋大学の大山睦氏・神林龍氏と共同で同様の調査を行い、製造業企業の約 11000 の事業所から回答を集めた。調査項目には、2010 年時点と 2015 年時点における事業所の生産管理と人事管理に関する 16 の質問がある。生産管理については、企業活動の進捗を示す指標(KPI: Key Performance Indicator)をどれだけ利用しているかに関する質問や、生産目標の設定に関する質問が含まれる。また人事管理については、昇進や賞与の決定に能力・成果主義を導入しているかといった質問が含まれる。
 筆者らは数量的な分析を行うため、既存研究に従って各事業所の生産管理方式と人事管理方式を集約する指数をそれぞれ計算した。具体的にいうと、生産管理指数は、より多くの KPI を頻繁にとり、それらを基に生産工程を逐次改善し、実現可能性の高い生産目標を掲げて従業員全員に周知するといった場合に、より高い値をとる。また、人事管理指数は、昇進や賞与の決定に能力・成果主義を導入している場合により高い値をとる1)。以下では文献に倣い、より高い指数のつくようなマネジメント方式をより「構造的な(structured)」マネジメントと呼ぶことにする。このようにして測った構造的な生産管理・人事管理と売上・利益率・生産性などの企業パフォーマンスの間には、強い正の相関が認められることが、日本を含む多くの国で示されている。

1 「組織マネジメントに関する調査」からは、事業所が従業員を解雇する基準などを質問する項目もあり、これらの回答から上記の人事管理指数とは別に解雇指数も計算することができる。筆者らの分析ではこの解雇指数をコントロールしている。

 

注)Tanaka et al.(forthcoming)を元に筆者が一部再推計した結果に基づく。具体的には、労働者が月 45 時間以上(もしくは 10–44時間)の残業をしているかどうかを、その事業所の生産管理指数と人事管理指数に回帰した結果を示している。回帰分析では事業所固定効果、年固定効果、従業員基本属性(年齢、学歴、性別、勤続年数)、解雇指数をコントロールしている。棒グラフは生産管理指数もしくは人事管理指数の 1 標準偏差の増加に対応する残業確率の変化分を示す。


 筆者らは残業時間との関係を分析するため、上記の 2010 年と 2015 年の時点における事業所のマネジメントデータを、該当事業所の 2010–2011 年と 2015–2016 年の従業員の残業時間と属性のデータ(「賃金構造基本統計調査」)に年ごとに接続させ、事業所レベルのパネルデータを構築した。分析では事業所固定効果と年固定効果を取り除き、さらに従業員の基本属性をコントロールした上で、事業所内の 5 年間のマネジメントの変化とその間の残業時間の分布の変化の関係に焦点を当てる。

■結果:生産管理方式の改善に伴い、長時間残業する労働者が減少

 分析の結果、より構造的な生産管理の導入が、長時間残業の抑制と関係することが分かった。具体的には図に示したように、生産管理指数が 2010 年から 2015 年にかけて 1 標準偏差(平均的な上昇幅)上昇した事業所では、月 45 時間以上の残業をする従業員が約 0.8%ポイント減少する傾向が見られた。月 45 時間以上の残業とは、もし従業員が死亡した場合にそれが過労死として認定される可能性を持つレベルである。データでは全体の約 8%の人が月 45 時間以上の残業をしていたため、そのうち約 10%を月 45 時間以下の残業にする効果があったと読み取れる。具体的な経緯としては例えば、各従業員の作業の進捗を逐一把握できる体制を作る、生産計画の設計を改良するといったことが、作業全体を平準化し、誰かが長時間残業しなければいけなくなる事態を未然に防ぐのかもしれない。
 一方、より構造的な人事管理の導入(成果主義的な人事管理の導入)は月 10–44 時間の残業の増加と強く相関していることが分かった(図参照)。このような傾向は、特に若手や女性社員の間で顕著に見られた。成果主義的な人事管理方式を導入した企業では、それが従業員のやる気を高め、結果としてそれまで残業をしなかった人が多少の残業をするようになったと考えられる。しかし、構造的な人事管理の導入は月 45 時間以上の長時間残業には大きくは影響しないことがわかった。

■おわりに

 分析から、長時間残業の一因は企業の生産管理などの総合的なマネジメントの失敗にあることが示された。働き方改革により、長時間残業をなくすための企業の施策に注目が集まっている。生産性を向上させつつ残業を抑えるためには、夜に会社の電気を消すなどといった小手先の対策ではなく、長時間残業が発生する根本的な原因に向き合う必要がある。

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Bibliographic information

Vol. 74, No. 1 & No. 2, 2023
Article Number: er.cl.031923
DOI (Link to J-STAGE): https://doi.org/10.60328/keizaikenkyu.er.cl.031923
HERMES-IR(一橋大学機関リポジトリ): https://hdl.handle.net/10086/83082